ポポヴィッチという生き方

advertisement

今年2015年のジャパンカップサイクルロードレースはトレックの完全勝利となった訳ですが、レースの詳細は各種サイクルメディアに任せるとして、今日はジャパンカップにも参戦したトレック・ファクトリー・レーシングのヤロスラフ・ポポヴィッチ選手について書きたいと思います。

ウィキペディアによると、

1980年1月4日生まれの35歳。

かなりのベテランの域に差し掛かっている選手ですね。1980年生まれなのでカンチェラーラとほぼ同い年。

ここ数年、ポポヴィッチがサイクルレースメディアで取り上げられる事はほとんど無かったと思います。
いわゆるアシスト(Domestique)の役割なので、レースに勝ちに行くという事はまずありえません。
そのため、メディアから取りあげられることも無いです。

去年まで現役だったフォイクトもアシストでしたが、彼は得意の逃げを多発するのでメディア露出は高かったですが、ポポヴィッチはそのような事もなく淡々とアシストとしての役割をこなしているという印象です。

しかし、彼の経歴を見て驚きました。

2001年
ロードレース世界選手権・U23個人ロード 優勝

U23とは言え、同世代の若手を集めた試合で優勝。しかも記録を見ると独走勝利です。

2003年のジロで総合3位。2004年のジロは総合5位。

これだけの実績のある選手ですが、その後2006年にツールで1勝した後、これといった実績は上げていません。

詳細に彼の戦歴をトレースした訳ではないのでこのあたりで何が起きたのかは分かりませんが、いわゆるアシストとしての役割を任されるようになったということでしょう。年齢的にはまだ20台後半であるのにもかかわらず。

U23で優勝したから必ず勝ち続けられるかといえばまたそれは別の話で、ケガやトラブルでこれといった実績を残せず引退してしまう選手は多くいます。
ツールなどグランツールは1チーム9人でエースは1人なのでそれ以外はアシスト的走りを要求される訳で。

エースを一度も任される事なく経歴にピリオドを打つ選手が多い中、彼は一度はエースを任された事もあり、そこからアシストへの転向は実は理想のキャリアなのでは、とふと思いました。

エースの立場も分かるし、そしてアシストの大切さも分かる。プロトンの中でも睨みが効きそうですし。

【2016/04/12 追記】
2016年のパリ・ルーベを最後にポポヴィッチ選手は引退しました。
今までお疲れ様でした。

ちなみに37歳のマシュー・ヘイマン(オーストラリア、オリカ・グリーンエッジ)がこのレースで勝利しましたね。
ずっとアシストとして走ってきた彼が優勝したということで、アシスト選手とエース級の選手との差は実はそんなに無いということが分かります。
もちろん、ヘイマンはパリ・ルーベを15年連続完走しているということで、今までの数々の経験が勝利に活きたことは間違いないですが、地道な努力が実を結んだ結果だと思います。

アシストはエースを支えるために早めに脚を使いきってしまうので勝てないだけであり、脚を残していれば勝てるチャンスはあります。
彼の勝利はその他のアシスト選手の励みになったのではないでしょうか。


『Cycle R』はブログランキングに参加しています。他のロードバイク関連ブログはこちらから↓↓↓


advertisement




シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

advertisement